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名古屋地方裁判所 昭和42年(ワ)3374号 判決

原告

本多正隆

代理人

伊藤宏行

青木俊二

石瀬三郎

被告

富士コーヒー商会こと

塩沢実

山崎隆茂

右両名代理人

大橋茂美

右復代理人

村橋泰志

被告

伊東美之助

伊東博之

右両名代理人

中島多門

主文

一、被告らは各自、原告に対し金五二万四八一七円及び内金四二万四八一七円に対する昭和四二年三月三日から、内金一〇万円に対する昭和四五年一一月二七日から各支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

二、原告のその余の請求を棄却する。

三、訴訟費用はこれを一〇分し、その九を原告の、その余を被告らの各負担とする。

四、この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実《省略》

理由

〈前略〉

〈証拠〉を総合すると次の事実を認めることができる。

被告美之助は郵便局に勤務し、被告博之は本件事故当時一九才の大学生で父親である右被告のもとに同居していた。被告博之はかねて通学、行楽に使用するため自動車を購入したい希望を持つていたが、ある程度の貯えができたのを機会に昭和四一年九月頃被告車(2)を購入することにした。自動車を選択するのはもつぱら被告博之がしたが、売買契約の締結、保険加入等の手続上の事務的処理は主として被告美之助がなした。被告車(2)の登録名義人は被告美之助になつており、売買契約、自賠責保険及び任意保険の契約締結も同被告の名義でなされている。被告車(2)は中古車で代金は三〇万円であつたが、その支払方法は頭金一〇万円を先ず支払い、残金は毎月二万円宛の割賦で支払うというものであつた。被告美之助は右割賦金の支払を担保するため自己振出名義の約束手形を振出し、その手形金は毎月同被告名義の普通預金口座から支払われていた。

被告ら方で自動車運転免許を有するのは被告博之一人で被告車(2)はもつぱら同被告が通学等のために使用していた。そして、その保管は、当初は車庫がなく路上に駐車しておいたが、後に物置を改造した簡単な車庫を作りそこに保管するようになつた。

以上の事実によると、確かに、被告車(2)は被告博之の希望で購入し、もつぱら同被告が使用していたのであるから、被告美之助は右自動車の運行にあまり関与していなかつたものと推測される。しかし、このことから被告美之助が単に形式上の名義人にすぎないと即断することはできない。その理由は次のとおりである。

第一に、被告博之は被告美之助を媒介にして初めて被告車(2)を購入することが可能であつたのである。すなわち、被告博之が大学生であることを考えると、代金の頭金及び割賦金の相当部分を被告美之助が負担していることは容易に推測され、又被告美之助が契約名義人になつているのも単に印鑑証明上の便宜等の技術的理由に止らず、売主の立場としては代金支払の履行確保という実質的配慮があることは言うを待たないからである(被告美之助が割賦金の支払担保のため自己振出名義の約束手形を振出していることはこのことを端的に示している。)。第二に、被告博之が被告車を日常使用することも被告美之助の存在を媒介にして社会的に是認されているというべきである。すなわち、昨今都市の一部においては車庫を有しないものは自動車を購入することはできないという規制さえなされていることは公知の事実であり、一般に自動車を所有するものはそれを車庫に保管すべきであるとする社会的要請が存するところ、被告博之は被告美之助の家屋の一部を改造することによつて被告車(2)の保管場所を得ることができたのであり、又、運行の用に供する自動車は少なくとも自賠責保険に加入することが強制され、その上任意保険に加入することが社会的には期待されているところ、被告車(2)は被告美之助の名で右両保険に加入するによつて右の社会的要請に応えているというべきだからである。

以上で明らかなように、被告博之は父親である被告美之助の存在を通して初めて被告車(2)を運行することができ、かつその運行が社会に是認され得たのであるが、このことは、視点を変えれば、被告美之助が父子関係に基づき被告博之を通して被告車(2)の運行を支配していたということに他ならない。そして、被告美之助は被告博之が被告車(2)を運行することによつて特に不利益を受けたとは認められないから、本件のように右両者間に同居している父子という関係がある場合は具体的な運行利益の帰属を判断することなく抽象的に被告美之助に被告車(2)についての運行利益があると解して差しつかえない。

したがつて、被告美之助は本来被告車(2)を自己のために運行の用に供するものというべきところ、被告博之が本件事故の際その支配を排除するような形態(例えば、極端な例をあげれば、被告博之が被告車(2)を運転して家出中、事故を起したような場合)で運行していた形跡はないから、被告美之助は運行者としての責任は免れない。〈以下略〉(西川力一 藤井俊彦 岩渕正紀)

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